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最高裁判所第二小法廷 平成2年(あ)788号 決定 1992年6月05日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中六一〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人藤沢抱一の上告趣意第一点は、憲法三一条、三九条違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点は、所論引用の判例は所論が主張するように違法性阻却・軽減事由が共同正犯者間で連帯的に考えられるとの判断をしたものではないから、前提を欠き、同第三点は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。

一  原判決は、本件殺人の事実につき概要次のとおり認定した。

被告人は、昭和六四年一月一日午前四時ころ、友人甲の居室から飲食店「○○」に電話をかけて同店に勤務中の女友達と話していたところ、店長のAから長い話はだめだと言われて一方的に電話を切られた。立腹した被告人は、再三にわたり電話をかけ直して女友達への取次ぎを求めたが、Aに拒否された上侮辱的な言葉を浴びせられて憤激し、殺してやるなどと激しく怒号し、「○○」に押しかけようと決意して、同行を渋る甲を強く説得し、包丁(刃体の長さ約14.5センチメートル)を持たせて一緒にタクシーで同店に向かった。被告人は、タクシー内で、自分もAとは面識がないのに、甲に対し、「おれは顔が知られているからお前先に行ってくれ。けんかになったらお前をほうっておかない。」などと言い、さらに、Aを殺害することもやむを得ないとの意思の下に、「やられたらナイフを使え。」と指示するなどして説得し、同日午前五時ころ、「○○」付近に到着後、甲を同店出入口付近に行かせ、少し離れた場所で同店から出て来た女友達と話をしたりして待機していた。甲は、内心ではAに対し自分から進んで暴行を加えるまでの意思はなかったものの、Aとは面識がないからいきなり暴力を振るわれることもないだろうなどと考え、「○○」出入口付近で被告人の指示を待っていたところ、予想外にも、同店から出て来たAに被告人と取り違えられ、いきなりえり首をつかまれて引きずり回された上、手けん等で顔面を殴打されコンクリートの路上に転倒させられて足げりにされ、殴り返すなどしたが、頼みとする被告人の加勢も得られず、再び路上に殴り倒されたため、自己の生命身体を防衛する意思で、とっさに包丁を取り出し、被告人の前記指示どおり包丁を使用してAを殺害することになってもやむを得ないと決意し、被告人との共謀の下に、包丁でAの左胸部等を数回突き刺し、心臓刺傷及び肝刺傷による急性失血により同人を死亡させて殺害した。

二  原判決は、以上の事実関係の下に、甲については、積極的な加害の意思はなく、Aの暴行は急迫不正の侵害であり、これに対する反撃が防衛の程度を超えたものであるとして、過剰防衛の成立を認めたが、一方、被告人については、Aとのけんか闘争を予期して甲と共に「○○」近くまで出向き、Aが攻撃してくる機会を利用し、甲をして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたもので、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、Aの甲に対する暴行は被告人にとっては急迫性を欠くものであるとして、過剰防衛の成立を認めなかった。

三  これに対し、所論は、甲に過剰防衛が成立する以上、その効果は共同正犯者である被告人にも及び、被告人についても過剰防衛が成立する旨を主張する。

しかし、共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の一人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。原判決の認定によると、被告人は、Aの攻撃を予期し、その機会を利用して甲をして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたもので、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、Aの甲に対する暴行は、積極的な加害の意思がなかった甲にとっては急迫不正の侵害であるとしても、被告人にとっては急迫性を欠くものであって(最高裁昭和五一年(あ)第六七一号同五二年七月二一日第一小法廷決定・刑集三一巻四号七四七頁参照)、甲について過剰防衛の成立を認め、被告人についてこれを認めなかった原判決は、正当として是認することができる。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也)

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